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アンナ・カヴァンの『あなたは誰?』を読了

 洋書読書今年一冊目、Anna Kavanの『Who are you?』を読了しました。
 アンナ・カヴァンは非常に読みづらい作家の一人なのですが定期的に読みたくなります。これまでに『氷』『我はラザロ』『アサイラム・ピース』と読んできて今回ので四冊目。どれも薄い本なのですが普通の小説の3倍くらい時間がかかります。でも、今回のはカヴァンの作品としては例外的ともいえるくらい読みやすく、すらすらと読み進められました(とはいえ100ページ程度の中篇に半月以上費やしました)。
 カヴァンはカフカに例えられる作家で、オールディスらにニューウェーヴSFの先達として称揚されたりもしています。わたしもそこには異論はありませんが、わたしの読書経験からは、カフカ以外ではトーベ・ヤンソンの大人向け小説や、ジェーン・ボウルズに似ていると思います。とにかく特異な作家で、巧く構築された小説というのとはかなりかけ離れたところにある、しかし小説作品としては非常に完成度の高い作品を、たぶん自然発生的に(自分のために)作り上げた作家です。ただ、たとえばP.K.ディックやカフカを参照して小説を書くとディックやカフカの亜流にしかならないでしょうが、カヴァンの方法を用いて小説を書くとそれはまた違った作品になりそうな、なにか方法として普遍性がありそうな印象も受けます--畢竟カヴァンの小説作法というのはごく一般的な、王道的な方法なのかも知れません。特に新しいことはしていないのに、既成の枠内で異様に極端な作風を示しているという感じなのかも。

 ところで、カヴァンの小説を読むたび、思い浮かぶ音楽があります。おなじイギリスのロック・バンド「クレインズ」の曲たちがそれです。個人的な感想ですが味わいが本当にidenticalに感じられます。彼女らの音楽も、既成のハードロックから後にはアンビエントの手法を用いて、同様に誰にも真似できない一種異様な独自世界を形成しています。

 Who are you?でなくWhere am I?ですが。


 カヴァンに戻ります。
 さて、この作品は『氷』とは真逆の灼熱の東南アジアを舞台に、20そこそこの少女とその倍ほどの年齢の、怪物的に枠圧的な夫「Mr. Dog Head」との関わりを描いています。
 作品としては『氷』の姉妹作的な印象を受けます。これを読んでから(出版もこちらが先行しています)『氷』を読むと、あちらの少女の状況(『氷』を呼んだ限りではまったく分からない)、『氷』の話者の立場 (『氷』を読み進める限りストーカーみたいに感じられる)も少しは違って感じられそうです。まあ、分からないところに面白みがあるので、それが正しい読書なのかは分かりませんが。
 登場人物は二人の他に夫に極めて忠実なムスリムの老召使と、少女を助けようとする若い白人青年「スエードブーツ」君くらいしかいません。
 他には日中絶えず「Who are you?」と叫びたてて聴く人を狂気に追いやろうとするBrain faver birdsや(YouTubeで声が聴けます。このブログには動画は一つしか貼れないようなので興味ある方はぜひ調べてみてください。Brain faver birdってカヴァンの創作かと思ったら一般名称なんですね。「Brain faver!」と鳴いているように聞こえるからついた名のようですが、カヴァンにはそれが「Who are you?」と聞こえたようです。--ちなみに、カヴァンには20そこそこでミャンマーで年長の夫と不幸な結婚生活を送った経験があり、この作品はそれを描いた半自伝的な作品という一面もあるようです)、家中に蔓延するネズミ、天井にへばりつくトカゲ、森の主の蛇、そして何より圧倒的な気候がこの短い小説を一貫して支配しています。
 物語はごく普通なようで、緩慢に進行していきますが、後半に驚愕的な、理解できないようなツイストが挟まれます。これはいったい何なのか、SFを読んでいる気分ではまったくなかったので本当にびっくりしました。あとで読んだいくつかの書評では単なる未定稿的な解釈もされていましたが、ちゃんと出版された作品なのでそうではなく、意識的な操作だと思います(思いたいです)。
 最後、どちらも結果的にはほぼ同じなのですが、方法的にとても驚いてしまいました。
 これ、わたしも一度意識的に真似して小説を書いてみたいです。ごく普通の小説の顔してこれをやれば、かなり意外な、異様な効果をあげられそうです。まあ、使えるのは一度だけでしょうけど。


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by blumfeld68 | 2022-01-16 06:40 | 読書 | Comments(0)

猫と暮らす日常雑事の備忘録です。ヴァイオリンを弾いたり造ったり、洋書を読んだり、野菜を育てたり、釣りに出かけたりして暮らしています。


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